あいさつと歴史④〜繁盛してからが地獄編〜

師匠についていくのもいいけれど、そもそも師匠とは、生まれた場所も違えば、身体も性格も違う。

師匠に憧れるのはいいけれど、僕みたいに

「〇〇先生のようになりたい!」

という願望は、自分自身を破滅へと押しやった。

師匠について行った動機が「お金」だから、繁盛してからが、地獄だった。

お金を稼ぐことは全く悪いと思わないが、お金以外の目的が見つからないのが、

地獄だった。

「目的を見失った人は、モロい」

お金が目的で生きてきた人は、その目的を達成すると、

売り上げを下げないよう下げないように行動する。

いつしか「チャレンジ」という言葉を忘れ、患者さんに嫌われないように接し、

目標を達成しても

不感症

のような状態が続いた。

お金でついて行ったから、お金以外の方法でついて行くとなると、

師匠が本当に目指している道を歩まないといけない。

それが、苦しかった。

ついて行くには、あまりに歩んできた道やバックボーンが違いすぎた。

長い距離を走るのに、みんなそれぞれの走法がある。

走る道もひどく険しい道を走って転ばない人もいれば、平らな道を転げながら進む人もいる。

回り道をしながら休憩し、そこで気づきを得ながら進む人もいれば、自分の見える道だけを見て、進む人もいる。

本来、人は走る道も走法も違うのだ。

そのことを知らなかった僕は、師匠の道を師匠の走り方で走ろうとした。

走れないはずの道と走法で、走ってみた。

その時、突然、身体を壊した。

あいさつと歴史⑤

〜自分の信じる道へ〜へ続く

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です